有茎腹直筋皮弁による乳房再建
有茎腹直筋皮弁+血管吻合付加(turbo charge)の概念と問題点
1993年にBeegleらは、有茎腹直筋皮弁を移植する際に下腹壁動静脈を胸背動静脈に吻合し、有茎腹直筋皮弁を上下の双方向から栄養するという概念を報告しました。その後も以下のような、いくつかのアレンジが報告されました。
1)有茎皮弁を両側用意して対側の下腹壁動静脈を追加吻合する
2)対側の下腹壁動静脈のみを剥離挙上して、追加吻合する
これらの概念を用いれば、腹部皮弁の血流自体はDIEP flapと同等、もしくはそれ以上の効力を発揮すると思われるのですが、実はこの概念は、本質的な問題点が2つあります。
一点目の問題点は、この概念は有茎皮弁を軸に考えてみると、『マイクロサージャリーを行うことによって有茎皮弁の生着域を格段に増やすことができる』と言えるのですが、逆に血管吻合を行なった下腹壁動静脈の血管茎を軸に考えてみると、もし血管吻合が普通にうまくつながればそもそも腹直筋を犠牲にする必要はなかったということになるわけです。なぜなら、前述のとおり、下腹壁血管茎の方がはるかに皮弁の栄養領域が広いからです。
有茎皮弁と遊離皮弁などの組み合わせの治療を考えるときに、どちらが主たる手術になるのかといえば、当然より多く皮弁の血流を担っている方を主たる手術と考えるのが普通です。
『有茎腹直筋皮弁+下腹壁動静脈血管吻合付加』という治療概念は、むしろ、『遊離腹直筋皮弁+有茎腹直筋による血管付加』と考えるべきで、
しかも98%の確率で血管吻合が成功するなら、本当に腹直筋を移植した意味のある患者(つまり血管が詰まってしまったけれども腹直筋皮弁はある程度生きる場合)は実は2%しか存在しない、というシビアな考え方も逆にできるわけです。
治療を受ける患者様と主治医が相互に納得していればそもそもどのような治療も成り立ちますので、それに対する是非を述べるつもりはないのですが、保険のかけ方としてはバランスがいいとは言い難いというのが率直な意見です。
二点目の問題点は、追加吻合を行うことにより皮弁配置の制約が大きくなって整容性の限界が出てくるという点です。
実際に吻合する血管は、胸背動静脈かもしくは内胸動静脈のいずれかになります。
胸背動静脈に血管吻合をするのであれば、必然的に皮弁配置は頭側に移動することになるのですが、実はこれによって本来最も必要な尾側(乳頭乳輪周囲とその尾側)のボリュームを担保しにくくなります。
内胸動静脈に血管吻合を行う場合は、さらに違う問題があります。内胸動静脈に下腹壁動静脈を吻合するためには、腹直筋の筋体から大部分の血管茎を丁寧に剥離して翻転しなければなりません。
ところが、これをきちんと成功させる技術があるのであれば、そもそも最初からDIEPやった方が簡単なのでは?という話になるわけです。
ここまでをまとめると、有茎皮弁+血管吻合付加(turbo charge)という概念は、整容再建以外の再建を目的とするのであればもっとも合理的な方法ですが、乳房再建を目的とするのであれば、その安全性はどちらかというと患者様のためというよりは、主治医のための安全性(もしくは保障)がかなり含まれている(これはあくまで私見です)ということ、前述の通り整容性が低下するか、もしくは剥離などの難易度が上がり、本来何が目的だったかがわかりにくくなるという問題点があることがお分かりいただけたかと思います。
患者様にとっても主治医にとっても、全ての治療において安全性を担保することは最も大切な要素なのですが、その表現形には様々なスタイルがあり、どのような理念が根底にあるのかをご自身でしっかり見極めることが重要なわけです。
有茎腹直筋皮弁についてまとめますと、本術式を用いた乳房再建を選択したいのであれば、その主治医が有茎腹直筋皮弁に対して確固たる信念を持ち、かつ豊富な臨床経験を持っていることを確認することが望ましいでしょう。私が知る限り、それらの先生方は全員が高度な経験を持った大ベテランの先生方ばかりです。有茎腹直筋皮弁を用いて高い整容結果を出すということは、それほどまでに本質的に難易度が高く、整容再建としてはどこか一部に『宿題』が残りやすい材料なのです。乳房再建は片手間でやる治療ではなく、どのような術式を選択するにせよ、かなり専門性の高い治療です。多少通院に手間がかかったとしても乳房再建は、あなたが全国で唯一選ぶ専門施設で受けるべきなのです。
マイクロサージャリー(血管吻合)とは
穿通枝皮弁を胸部に移植する際には、下腹壁動脈と内胸動脈、下腹壁静脈と内胸静脈のそれぞれを顕微鏡下につなぐ必要がありますが、この技術をマイクロサージャリーと言います。
血管の口径はおおよそ1.5mmから2mm前後なのですが、この血管の周囲に8箇所糸をかけて血管を吻合します。マイクロサージャリーに用いる糸は極めて細く、術野に置くとぴったりくっついてしまって拾いにくいので、糸を空中で受け渡すテクニック(Chopstick rest technique)を用いて円滑に行う工夫をしています。当院における皮弁生着率はほぼ100%なのですが、これには大きな理由があります。まず、ある程度じっくり時間をかけて皮弁の挙上を行うことで皮弁血管の攣縮(れんしゅく:血管がちぢこまって血流がなくなること)を最小限にしていること、血管周囲を剥離する際に損傷を最小限にするような特殊なバイポーラを使用していること、血管の長さを十分に準備することによって、術中、術後に血管が引っ張られることを予防していること、マイクロサージャリーの際に特殊なダブルクリップを用いることによって、直径の異なる血管同士でも正確に吻合を行えることなどが主な理由です。
遊離組織移植(マイクロサージャリー)のリスク
皮弁移植術(マイクロサージャリー)を行う際に組織が壊死する確率は一般に2%前後と言われていますが、実はこのリスクは限りなく0に近づけることが可能です。解剖学的に問題がないなら組織移植が失敗する理由は、実は2つしかなく、血管に対する物理損傷と熱損傷だけなのです。言葉を変えれば、血管を火傷させず、かつ血管を過度に引っ張りさえしなければ組織移植は必ず成功するわけです。ごく稀に吻合部に血栓が生じることがありますが、これも翌日の朝に動脈の血流を確認し、異常があればすぐに再手術を行うことにより皮弁を救済することができます。つまり、術者がどのような概念として遊離組織移植のリスクを捉えているかによって、実際に起こる合併症率は全く変わるものであり、そこで一般論(成功率〜%など)を話しても全く意味はないということです。
結論として、患者様ご自身が98%の成功率を99%以上にしたいと強く希望されるのであれば、リスクは術式そのものでなはく、適切な治療施設選択(=主治医選択)こそが最もリスク軽減につながることを理解しておくべきでしょう。