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腹部皮弁による乳房再建

腹部皮弁の歴史

腹直筋は、頭側から上腹壁動静脈、尾側からは下腹壁動静脈により栄養されているのですが、上腹壁動静脈と下腹壁動静脈のネットワークは様々なバリエーションがあります。

 

造影CTで見てみると、1対の動静脈がしっかりつながりを持って確認できる場合もあるのですが、場合によっては、途中で毛細血管のように細くなって画像上はほとんど見えないような場合もあります。また、尾側は1本の血管茎の場合もあれば、二股に分かれている場合もあります。

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どのような場合でもはっきりしていることは、下腹壁動静脈の方が上腹壁動静脈よりも下腹部の皮膚・脂肪組織を優位に栄養しているということです。『優位に』というのは具体的にはどのようなことを言うのかというと、腹部皮弁を横軸方向にデザインした時に、特に皮弁の両側の範囲について、皮弁が生き残る範囲に違いがあるということです。この点については次の項目でご説明しますが、これらの生着範囲の違いが最終的に乳房の形態形成においてどのような影響を及ぼすのかについて理解をしておくことが重要です。

1982年にHartrampfが有茎腹直筋皮弁を用いた乳房再建術を報告し、その際に皮弁が生き残る範囲をZone I 〜Zone IV として分類しました。主たる腹直筋があるエリアをZone I 、その外側をZone III 、反対側の内側をZone II 、その外側をZone IVとし、一般的な生着範囲を示したのですが、これによれば、大部分の症例において有茎皮弁を用いた場合は、Zone IVの全てとZone III の半分ちかくは概ね生き残らないことがわかりました。つまり、極論すれば有茎腹直筋皮弁は皮弁の中央部分はある程度生き残るが、両側の外側は残したとしても壊死する可能性が高い(特に筋肉が入る部分と反対側は残しても広範囲に壊死する)ということです。 

深下腹壁動脈穿通枝皮弁による乳房再建とは

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1994年にGent大学(ベルギー)のBlondeelはDIEP flap(Deep inferior epigastric artery perforator flap)を世界で初めて乳房再建に用いた報告を行いました。
同年、ルイジアナ州立大学のAllenもDIEP flapによる乳房再建を報告し、その後DIEP flapを用いた乳房再建はヨーロッパ、アメリカを中心に急激な普及を見せました。
乳房再建は整容再建であり、ドナーの犠牲ができるだけ少ないに越したことはありません。1〜2本の穿通枝とそれにつながる下腹壁動静脈のみが栄養血管で、かつ腹直筋筋体やそれを動かす運動神経を温存できるDIEP flapは治療バランスから考えても極めて説得力のある皮弁だったわけです。
私はGent大学に留学する機会があり、Blondeel教授から直接DIEP flapの手術を学ぶ機会をいただくことができたのですが、その際に感じたことは、ヨーロッパ人種と日本人では腹部血管の解剖が異なるということです。ほぼ全ての症例で穿通枝は非常に太く、大部分の症例において1本の穿通枝のみで皮弁を挙上していた理由が十分理解できました。
それに比べると、日本人女性の下腹部の穿通枝は全体としてかなり繊細で口径が細い印象があります。つまり、理論をそのまま国内の患者様に適応させるのはやや無理があり、(太さにもよりますが)ある程度まとまった数(例えば平均2〜3本)の穿通枝を皮弁に含めるのが妥当ではないかと考えています。

このDIEP flapを用いた乳房再建は、皮弁の血流から考えても、有茎腹直筋皮弁とは全く異なる動態であることがわかってきました。基本的には、有茎皮弁に比べると、血管のパワーが違うということが最も際立った特徴でしょう。一般に(穿通枝の選択を間違っていなければ)穿通枝が入っている側の遠位が壊死する可能性はほぼ0%であり、また、1本の穿通枝であっても、ある程度の口径があり、かつその位置がちょうど皮弁中央近傍である場合には、Zone IVの遠位端まで完全生着する症例も決して珍しくはありません。Holmは、DIEP flapの血流動態を踏まえ、新しいzone分類を提案しました。これによれば、穿通枝が入る部分がzone I、その外側がzone II、対側の内側がzone III、その外側がzone IV と分類されています。実際のDIEPの生着域から考えても、この分類は理に適っていると同時に、穿通枝が入っている側を頭側に置くことが合理的である(壊死しないため)ということがわかるわけです。
 

有茎腹直筋皮弁による乳房再建とは

有茎腹直筋皮弁は皮弁の長軸方向に関して、生着範囲に制約があるということがはっきりしています。
個々の解剖学的な特性をふまえて皮弁が生きる範囲を最大にするためには、以下4つのポイントが重要になります。
1)術前に造影CT検査を行う。
2)腹直筋の片側の筋体をすべて使い切る
3)下腹壁動静脈を根部近く(分岐部が合流する部分より遠位)まで剥離してから切離する
4)皮下トンネルを通して皮弁を胸部に移動させる時にあらかじめ筋肉周囲を全周で皮弁に固定する。

腹部皮弁においては、すべての穿通枝が同じように重要なわけではなく、中でも1〜3本くらいの特に重要な穿通枝がどれなのかをきちんと把握していることが大切です。つまり有茎皮弁だからと言って何となく目に見える穿通枝をただ含めればいいわけではなく、本当に大切な穿通枝を愛護的に扱ってきちんと皮弁に含めるというプロセスが重要なわけです。どの穿通枝が重要かは、術前の造影CT検査で詳細に把握しておく必要があり、手術中に目で見てもわかりません。また、実際には相当数ある穿通枝を全て皮弁に含めることは不可能であり、かつその意味もありません。それよりも臨床的に意味のあることは、皮弁血流にとって最も重要な役割を果たしている2〜3本の穿通枝をしっかり同定し、愛護的な剥離操作過程を経てそれらの穿通枝をしっかり皮弁に含めて挙上を行うことが重要なわけです。

腹直筋の片側の筋体を全て使い切らなければいけない理由は、そもそも有茎皮弁では、皮弁血流が脆弱なため、中途半端に筋体を残して温存することが皮弁の生着域を担保するにあたりリスク要因になることと、苦労して多少残した筋体が機能として役に立つわけではないからです。

次に、上記3)の下腹壁動静脈の処理についての理由を述べます。
有茎腹直筋皮弁の尾側端を切離する際に、下腹壁動静脈が二股に分岐している場合には、根部近くまで剥離して、その合流点よりも遠位で切離することが最も大切な点なのですが、その理由は、外側・内側に分岐している下腹壁動静脈のいずれもが頭側で上腹壁動静脈とつながっているとは限らず、尾側を回って栄養されるルートが途絶えると広範囲の皮弁壊死を起こす可能性があるからです。(特にzone II外側)
また、皮弁を挙上する際には、筋膜は皮弁から外して温存することが望ましいのですが、そうすると、皮弁と腹直筋は何本かの穿通枝のみで繋がることになります。このような状態で、皮弁が引っ張られたりすると穿通枝は攣縮し、途端に皮弁の血流は脆弱になってしまいます。したがって、皮弁を挙上したら腹直筋の周囲をすぐに皮弁にしっかり固定し、穿通枝の攣縮を回避することが極めて重要です。皮弁準備の要諦は以上ですが、次に皮弁の配置についてご説明します。

皮弁を準備する際には、再建する側と反対側の腹直筋を用いて皮弁を移行することが原則になります。有茎皮弁という制約上、横軸でデザインした皮弁を縦に配置することになるのですが、皮弁血流の特徴としては、最も血流の乏しいZone IVが一番頭側になり、順にZone II、Zone I、一番尾側がZone IIIとなります。Zopne IV(場合によってはZoneIIの外側も)は基本的には切除しないといけないのですが、問題はどの程度切除すべきかの判断が難しい点にあります。この部分は残しすぎると脂肪が壊死したり硬くなることがあるのですが、合併症が生じるのは皮弁の上端(もしくは上端の深層)なので修正手術はいささか面倒になります。かといって、安全策のために切除量を増やしすぎると、有効に使える皮弁の長さが短くなってしまいます。また、Zone IVを切除した場合には、皮弁の裏側を少し削って薄くしないとうまく形にならないのですが、この「皮弁を薄くする」という操作自体が皮弁の血流を弱くする要素にもなり、判断が難しい場合があります。尾側の処理はもう少し単純で、Zone IIIは仮に壊死したとしてもその部分をそのまま削ればいいだけなので処置は簡単であり、原則としてはなるべく残すことが要点になります。
また、前述の通り、皮弁の長軸が短いということは、原則として皮弁を斜めに配置するような工夫は難しい場合が多いということであり、皮弁の横幅(最初のデザイン時における皮弁の縦方向の長さ)はあまり短くデザインすることができません。
したがって一般的には、術後の腹部の緊張はある程度はやむを得ないということになります。
 

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有茎腹直筋皮弁は全壊死こそないものの、豊富な臨床経験に基づく適切な判断がないと部分壊死の確率が高く、かつ治療のトータルバランスも加減が難しい(再建乳房のいずれかの部分の整容性が低くなる)ことがお分かりいただけたと思います。

以上のプロセスを踏まえ、有茎腹直筋皮弁を用いて、実際にはどのような乳房再建が行えるのかについてご説明します。
Zone IV、Zone IIIを切除して皮弁を縦に配置すると、一応乳房は出来上がるのですが、この再建乳房はある特徴があります。
まず第一に、ある程度の下垂乳房に対応はできるのですが、大きな下垂乳房には対応できないということです。
理由は簡単で、縦方向の皮弁の長さの限界があるからです。同じ理由で乳房の突出度を造る上でも腹部の脂肪の厚さにより、ある程度の限界があります。

つまり、言葉を変えてまとめますと、有茎腹直筋皮弁を用いてキレイな乳房再建ができるケースというのは、
1)乳房が高度な下垂ではない、あるいは乳房の突出度が極端に大きくはない 
2)鎖骨から乳房下溝までの距離が長くはない

3)上胸部の組織がある程度残っている
という症例群になります。
ただし、本来人工物では難しいという判断で自家組織再建を行う際に、有茎腹直筋皮弁では健側の固定術や乳房縮小術を行った方が望ましい症例は少なくはない、ということが言えるでしょう。自家組織だから人工物よりもずっと幅広い適応があると考えるのは、有茎腹直筋皮弁においては若干無理があると考えます。

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