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自家組織再建

自家組織再建とは

自分の体の一部を移植する方法のことを言い、一般には「広背筋皮弁」と「腹部皮弁」の2通りの方法があります。当院では、腹部皮弁の一つである深下腹壁動脈穿通枝皮弁(DIEP flap)を用いており、これには3つの理由があります。


1つ目は最大限の皮膚、脂肪組織を準備できるということ。
2つ目は腹部皮弁の中ではドナーの犠牲が最小限であること。
3つ目はあらゆる皮弁の中で最も整容性を担保できる可能性があることなどです。

広背筋皮弁について

(解剖と特徴)

肩から背中にある広背筋を用いる皮弁を広背筋皮弁といいます。この皮弁は、腋窩(わき)から出る胸背動静脈(動脈と静脈をまとめて動静脈とよびます)という血管によって養われており、この血管をつけたまま背中からそのまま胸部(乳房部分)に安全に移動することができます。

 

(長所)

  • 標準サイズまでの大きさの乳房で、安全かつシンプルに自家組織再建を行いたい人に向いています。

  • 人工物再建後の合併症やトラブルを救済する際、最も有用な自家組織材料の一つです。

  • 温存術後の変形を修正する場合には、最も使いやすい自家組織再建材料です。

(短所)

  • 大きなサイズの乳房には向きません。

  • 時間が経つと再建した乳房がやせてくることがあります。

  • 移植した広背筋の動きが見えてしまうことがあります。

  • 上半身を激しく使う仕事やスポーツを行う人には向きません。

腹部皮弁について

腹部皮弁を用いた乳房再建は、上腹壁動脈・静脈を栄養血管とし、かつ片側の筋肉(腹直筋)を用いる有茎腹直筋皮弁法と下腹壁動脈・静脈を栄養血管とし、腹直筋は使用しない深下腹壁穿通枝皮弁法(DIEP flap)に分けられます。


この二つの術式は同じ再建材料を使っていながら、実は全く異なる治療概念であるということが理解されていませんでした。
そこで、まず最初に腹部の解剖をふまえて、なぜ2つの治療概念が全く異なるものなのかについてご説明し、ついで当院で深下腹壁穿通枝皮弁法以外の腹部皮弁を乳房再建に用いない根拠についてご説明いたします。

(解剖と特徴)

腹部の皮膚の下には、肋骨から恥骨までの間に、左右それぞれ1本ずつ腹直筋がありますが、この腹直筋を養う血管は上下2方向から入っています。上から入る血管は上腹壁動静脈(動脈と静脈をまとめて動静脈とよびます)、下から入る血管は下腹壁動静脈と呼びます。

乳房再建の材料として使うための、おへそから下の部分の脂肪組織、皮膚には下腹壁動静脈のほうがたくさんの血液を供給できることがわかっています。(腹直筋皮弁解剖図1)

 

腹直筋の表面は筋膜という白い強靱な膜でおおわれています。筋膜はお腹の表面を支えるコルセットのような役割をしており、筋膜をできるだけ傷つけないようにすることで、腹壁ヘルニアなどのリスクを回避できます。下腹壁動静脈の血流は腹直筋の裏を下から上へ向かって流れており、その途中で体の表面に向かって何本かの細い枝を出し、これらの枝は図のように筋膜を貫いておなかの脂肪組織や皮膚を栄養しています。これらの細い血管を穿通枝(せんつうし)と呼んでいます。体の組織に栄養を送るために必要なのは実は筋肉ではなく血管(動脈と静脈)なので、組織を移植するときには、主要な血管が入っていれば、筋肉などの組織は必要ありません。

 

腹部皮弁はさらに以下の3つの方法に分かれます。

1)有茎腹直筋皮弁

片側の腹直筋の全てと腹部皮弁を使用し、腹部の皮膚の下を通して胸部に移植して乳房再建を行う方法です。

シェーマ

 

(長所)

  • マイクロサージャリー(細い血管をつなぐ操作)や高度な手術手技が不要なため腹部皮弁を用いた乳房再建の中では最もシンプルな手技です。

 

(短所)

  • 片側の腹直筋は全て使う必要があります。

  • 皮弁の生きる範囲がやや狭いため、大きくて下垂のある乳房には向きません。

  • 長い筋膜切開が必要なため、腹部のヘルニアを起こすことがあります。

  • 移植した組織の一部が硬化したり壊死することがあります。

  • 下腹部に長い瘢痕が生じます。

皮弁を安全に挙上する方法

手術を安全に遂行するためには、術前に穿通枝の位置を正確に把握しておくことが大切で、そのために必ず造影CTを撮影し、穿通枝を含む血管解剖を把握しておくことが重要になります。

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穿通枝を見つけたらその周りを丁寧に剥離し筋膜を切開して、さらに腹直筋の中から下腹壁動静脈を露出させていくのですが、その操作を行う際には愛護的に血管を扱うだけではなく、どのような機械を用いるかという点も重要です。
当院では、剥離の際に高性能のバイポーラを用いているのですが、その理由は通常の電気メスなどで剥離をすると血管に熱損傷を与える危険があるためです。

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血管茎(下腹壁動静脈)を露出させる際には、出来るだけ血管に触らずに血管周囲の組織と腹直筋筋体の間を切開していくことによって、血管自体の攣縮(れんしゅく:血管がちぢこまって血液が流れなくなること)や熱傷(やけど)を回避し、成功率を維持する工夫を行なっています。

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DIEP flapにおける血管の剥離はかなり長い距離になる(穿通枝が筋膜を貫く位置から外腸骨動静脈に合流部する分岐部まで)のですが、DIEP flapの意義から考えると、尾側半分の血管剥離は、実は頭側半分の剥離とは異なるのですが、その理由は腹直筋を動かす運動神経と腹直筋を実際に養っている下腹壁動静脈が伴走しておらず、むしろ直交しているというその解剖学的な独自性にあります。
 
穿通枝が筋膜を貫いて皮弁に入ってくる位置は腹直筋筋体の内側寄りになります。その位置から下腹壁動静脈は筋体の外尾側および深層方向に向かい、最終的には筋体の最深部から外側に出たのちに外腸骨動静脈に合流します。
一方、腹直筋を動かす肋間神経は外側からいくつかの高さに別れて腹直筋の筋体に入り、正中部分に向かいます。血管茎を剥離する際には、穿通枝周囲で肋間神経と下腹壁動静脈が交差するのですが、この位置で神経を損傷したとしても、そこから外側部分の運動神経は生きているので損傷の程度は軽度で済みます。一方、腹直筋筋体の尾側に行けば行くほど、下腹壁動静脈は筋体の外側深層に入り、その近傍で運動神経は筋体の浅層に存在することになります。この位置で運動神経を損傷すると、そこから内側の筋体への神経支配が脆弱(ぜいじゃく)になるので、下腹部の筋力が弱くなる可能性があります。したがって、運動神経を温存するためには、浅層(つまり表面)から腹直筋の筋体を切って露出させるよりも、かえって深層からトンネルを作って血管周囲を剥離した方が安全確実に尾側の運動神経を温存することができることがわかります。
深層からトンネルを展開する際に最も注意すべきことは、下腹壁動静脈から筋体の浅層に向かって(つまり術者に向かって)立ち上がってくる枝が非常に繊細なので、引っ張って出血させないように慎重に処理を行う必要がある点です。この処理さえ慎重にできれば、他の枝の処理はさほど煩雑ではありません。
 
まとめますと、DIEP flapの概念の本質とは、腹直筋筋体の温存だけではなく、その筋体の筋力を落とさないために運動神経(肋間神経)をできるだけ温存することが重要であり、かつ尾側の神経ほどその役割が大きく、丁寧に扱わなければいけないことをご理解いただけたと思いますが、要は、『手術手技のある概念を理解しているだけではなく、その概念をより安全に具現化するためにどのような具体的なアイデアを出せているか』ということが非常に重要なわけです。

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