広背筋皮弁による乳房再建
広背筋皮弁の適用について
日本人女性の広背筋皮弁は比較的薄く、一定以上のボリュームの乳房を再建するには理論的にやや無理があります。これに対する方法として、腰の周囲の脂肪を移植組織に多めにつける(拡大広背筋皮弁)という考え方もあるのですが、この方法の問題点は二つあり、一つ目は背部と腰部は皮膚や脂肪を養う血流支配が異なること(腰部の脂肪をたくさんつければつけるほど脂肪が硬くなったり、壊死したりするのは血流の支配領域が異なるためなのです)、二つ目は、脂肪を採取したウエストラインが後ろから見ると非対称であることが目立つことと、背中の瘢痕(傷跡)が意外に目立つ点にあります。
温泉や海水浴、スポーツジムに一切関わらない方(つまり背中を見せる機会がない方)なら良いのですが、個人的にはあまりおすすめできません。
広背筋皮弁を用いた他の選択肢として、前述の通り人工物と広背筋皮弁を組み合わせて、再建治療を行うという考え方ももちろんあり得ますが、治療上の必然性、および患者様が希望しない限り、当院ではこの方法を治療の第一選択にはしておりません。その理由は、広背筋皮弁を患者さんの長い人生におけるトラブル対策の切り札として考えているからです。
乳がん治療は、いいタイミングできちんとした治療を受けられれば、今後の人生を全うできる治療です。一方で、乳がん治療の難しい点として考えておかなければいけない点は、局所のトラブルや再発などいろいろな予想外のことが起こりうることも想定しておかなければいけません。有茎皮弁としてどのような状況でも最低限いろいろなことに対応できる(マイクロも必要なく、高度な侵襲もない)広背筋皮弁は、トランプのカードに例えれば、いわばエースのような役割であり、患者さんの長い予後(人生)に付き合っていくために大切なオプションをなるべく残しておくことが重要と考えているわけです。
広背筋皮弁単独で再建可能なケースは、もともと人工物である程度再建が可能であり、全摘術の際に皮膚や大胸筋の損傷、欠損がないのであれば、よりドナーの犠牲が少ない人工物のみをまず第一選択とし、広背筋はいざという時のためにとっておくというのが当院の基本方針です。
広背筋皮弁の方法(一次二期再建)
一次再建、二次再建における広背筋皮弁を用いた再建方法を流れ図に示します。
広背筋皮弁は、ボリュームが少ない組織なので、一次再建、二次再建にかかわらずエキスパンダーを用いて皮膚を十分に伸展させて、伸ばした皮膚の下に皮弁を挿入することにより、形状を近づけることができ、ボリュームも若干増やすことができます。
手術時間は4~5時間程度で、手術後の注意点としては、背中の皮膚の下にしばらく液が貯まる(漿液腫:しょうえきしゅといいます)ことがあります。
(一次二期再建:乳腺全摘術+エキスパンダー挿入術 →広背筋皮弁による再建術)
1)広背筋皮弁を挙上します
2)胸部のエキスパンダーを摘出します
3)広背筋皮弁を皮膚の下を通して前方へ移動させます
4)広背筋皮弁の形を整えて乳房の形を作り皮膚を縫合します
背部と胸部にドレーン(溜まった液を抜く管)が入ります
(二次二期再建:エキスパンダー挿入術 →広背筋皮弁による再建術)
1)二次再建で広背筋皮弁を使用する場合には、原則としてエキスパンダーを最初に全摘術後の皮膚の下に挿入します。
2)エキスパンダーを十分に伸展させたのちに、広背筋皮弁を挙上し、エキスパンダーを抜去、一次再建に準じて胸部皮下に配置します。
3)背部、胸部にドレーンを挿入して皮膚を縫合します。